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朝日新聞福島版連載のコラムです。(H13年6月20日)

生きる

日本一の味を目指すトマト農家
    
  栗城 晃さん 南郷村 58歳

苦労を重ねた先人のおかげ

 
   トマトの収穫は七月の半ばから十一月いっぱい。

 南郷村でトマトが初めて作られたのは、昭和三十七年です。俺(おれ)が作り始めたのは、四十一年。みんなで、日本一の味目指してナ。

 九月から寒さが加わってくっと、甘みが増すんです。一番おいしい時期ですよ。

 始めた頃(ころ)は田んぼだけじゃなくて、他のものもやってみんべって気持ちだったようです。初めのうちは、値段が高かったり安かったりで、金になんなくて栽培者も安定しなかった。安定したのは、選果機が入ってからだな。

 今は平均で二十アールくらい。俺は三十五アール作ってる。育苗担当者十一人が親床になって、苗育ててます。品質を安定させてみんなに供給して、できたものはみんな農協に出荷する。

 生産組合がしっかりしてますから。今、組合員は百二十一人。七つの市場を通してやってます。

 選果機が入るまでの十年間は、今の十分の一ぐれぇしか作ってなかった。
 O(オー)-157で叩かれたのは打撃だったなぁ。なまものは特にみんなダメだったから。

 今は多いときで一万二,三千ケース出荷してます。価格変動が一番心配だ。
「桃太郎」になってから、安定してきたな。

 今年、ハネ出し品や価格の安い時期のトマトでジュース作ったんですよ。結構売れてます。

 授粉が大変だったんだけど、マルハナバチってアメリカのハチを組合が入れてから、作業も楽になりました。トマト十アールで、稲百アールの売り上げを、という目標で頑張ってる。そこまで安定すれば、専業でやっていけるから。

 先人の人たちは大変だったなぁ。売れなくて、地場でも売って・・・。今こうなったのは、先人たちのお陰です。

 中堅組合員の息子さんが帰ってきたんですよ。Iターンの人たちがトマト作りで四組来ています。来たいって人がまだありますよ。若い人たちが帰ってきたからといって、これから何百人も帰ってくるわけじゃねぇ。だから、若い人たちを支えて、彼らにはどんどん大型化した生産をしてもらいたいです。高齢者にとっては、趣味と実益をかねた生きがいとして。二極で支え合ってやっていきたいですね。

 南郷村だけでなく、田島、只見、舘岩でも、同じ苗で生産しています。今の選果機じゃ間に合わなくなるんで、三,四年後には買い換えないと。今度は保冷施設まで入った選果機にしたいっていう考えです。

 指定産地になってるんで、価格が一定水準以下になると国からある程度保証されますが、これは、安定供給に対して信頼されてるって事ですから。

 苦労はみんな先人がやってくれました。

 今あるのは、その人たちのおかげなんです。

(奥会津書房編集部)

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