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お神酒が供えられている山の神のほこら
=南会津郡桧枝岐村で |
農家にとって、農地はいのちをつなぐものを生み出す大切なところであり、地の神に五穀豊穣(ごこくほうじょう)を願うしきたりは、今も細々ながら息づいている。
山で生活する人もまた、山は生活から切り離すことのできない大切な場所である。村人は山からの恵みを分け与えてもらい、日々の生活を営み子孫を残してきた。
山の自然は急変するのが常である。冬季は吹雪で閉ざされ、その猛威が人間を拒むこともしばしばで、時には雪崩で命を失うこともある。
山里に生きる人々は、こうした自然の猛威をおそれ敬い、山々の入り口にほこらを作って、山の神を心のよりどころとして安全を祈願した。
南会津郡桧枝岐村の鎮守様のご神体は、燧(ひうち)ヶ岳と会津駒ヶ岳そのものが「燧大権現」(ひうちだいごんげん)と「駒形大明神」(こまがただいみょうじん)として、集落が見わたせる小高いところにまつられている。
桧枝岐村はこのほかにも各地に山の神がまつられ大切に守り引き継がれてきた。
地元で言う帝釈山(てーしゃくざん)や台倉高山(でーぐらたかやま)入り口に当たる舟岐川(ふなまたがー)べりの牛首橋(うしっくびばし)近くや広窪平(ひろくぼでーら)。赤安山(あかやすさん)、黒岩山(くろいわさん)につながる実川(みかわ)方面では左通(さずー)りや七入(なない)り。村の入り口、桧枝岐川に注ぐ見通川(みずーりがわ)の奥まった地にも山の神がまつられている。
村人は、山に入るときは必ず参拝し、安全と山の恵みに有り付くことを祈願した。時には山仕事が無事終了することであったり、山菜採取であったり、狩猟の獲物であったり、山奥深い沢々に生息するイワナやサンショウウオの豊漁を祈ることでもあった。
ほこら周辺に自生する漢方薬として珍重される「ミツバオウレン」を摘み取るときも、必要に応じて最小の量を頂くことを願い、病の全快を祈る。
時代と共に生活の様式も変わり、信仰もまた往時とは比べものにならないほどに人々の生活から遠ざかりつつある。先人が築いたほこらも年と共に朽ち、鳥居が姿を消していくさまには一抹の寂しさを覚える。
各地にまつられた山の神は、いま人々から忘れられたように、雑木の中でひっそりと朽ちたほこらだけが残されているが、時には真新しいお神酒が供えられていることがある。
山の神は、今でも村人の心のよりどころとして引き継がれているのだ。
【写真・文 星 廣人(ひろんど)】
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