|
国の天然記念物の指定を受けている
「ウグイの生息地」=河沼郡柳津町で |
柳津町の魚渕には、国の天然記念物「柳津ウグイ生息地」、通称「魚渕」がある。ウグイは産卵期には腹に赤い生殖腺が現れることからアカハラの別名がある。ハヤもウグイの別称だ。只見川に流れ込む支流では、珍しくもない魚である。そして、よく食する。
柳津町では、これを霊魚として大切に守ってきた。円蔵寺を見上げる川縁をすみ家として群棲する魚。それゆえに天然記念物に指定され、禁漁区になった。
その神の魚を撮影しようとカメラを構え、渕を覗き込んだ。しかし魚影ひとつない。静かな水面がにわかにざわめき出したのは、一握りの麩を投げ入れたときだった。
深い水底から湧き上ってきた魚の群れは、旋回しながら更に仲間を呼び、乱舞しながら激しく水面をたたいた。黒々とした背中の重なりは、何度か手にしたアカハラやハヤとはまるで別物の魚にみえた。体長は30センチ近い。
水しぶきの中心に向かって、数回シャッターを切った。しかし、ウグイ特有の流麗な姿を捉えることはできない。ファインダーをのぞいたまま、水面が静まるのを待った。
魚渕のウグイには伝説がある。
かつてこの地を訪れた弘法大師が虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)を刻んだ折、残った木屑を只見川に投げるや、たちまち無数のウグイになって泳ぎ出したのだという。魚渕の地名も、この伝説に由来するものだろう。
魚渕を本拠とするウグイの群れは、度重なる洪水にもここを離れず、群棲し続けてきた。
一六一二年(慶長十六年)、蒲生秀行が只見川に毒を流すという事件が起きたが、魚渕の魚だけは一匹も死ななかったという。ウグイの霊魚たるしるしだ。
柳津虚空蔵尊への信仰は、今も根強い。ウグイもまた、虚空蔵尊に関わる神性を持った魚である。そうした先入観をもって見るせいか、餌を食べる姿もどこか悠然としている。
仲間を意識して、互いに一歩譲りながら分け合っている、という気がする。
神の魚は、一本の木を分け合った虚空蔵尊の分身であろう。
下流のがけに建つ堂内には、分身の源が鎮座している。だからこそ彼らはここを離れず、大きな一群となって川を守っているのだろう。人々もまた、神の分身を手厚く敬い、大切に保護している。水底に帰ろうとする神の魚に、敬虔にシャッターを押した。
【文・写真 平田春男】
>>
もくじへ戻る