いのちの継承
−会津の食から−
鈴木真也
●食から振り返る歴史●
vol.1 「飢餓」
vol.2 生き延びるための飽くなき挑戦
vol.3 下級武士たちの 食生活
vol.4 北前船の隆盛期(1)
vol.5 北前船の隆盛期(2)
vol.6 松尾の梨
vol.7 豆腐
vol.8 鯉
vol.9 芋煮
vol.10 鮭
vol.11 鯛
vol.12 鶴
vol.13 武士料理の料理人の流れを汲む人
vol.14 鮒
vol.15 こづゆ(重)
vol.16 器
vol.17 小笠原流
vol.18 日本奥地紀行
vol.19 海鼠(なまこ)
vol.20 蕎麦(麺食)
vol.21 婚礼料理
vol.22 消えた料理
vol.23 卵
vol.24 精進料理-エゴの分布-
vol.25 幕末検見日記
vol.26 東遊雑記
vol.27 精進料理 その1
vol.28 奥会津の精進料理 
その1
vol.29 精進料理 その2
vol.30 江戸前の鮨 登場
vol.31 会津武家料理復元記
vol.32 会津の食を訪ね歩いて<栃けえ>
vol.33 山椒ゆべし
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新聞掲載コラム
 
小笠原流

vol.17

 会津若山市の飯盛山近くの慶山に、大龍寺と言う寺がある。臨済宗妙心寺派の寺で、江戸時代の会津の侍たちはこの寺の檀家の者が多かったと言われている。

 寺は少し高台にあり、本堂前の広場の左手に大きな墓域がある。戦国時代、信濃の国・松本の北深志の城主であった小笠原長時の墓である。

 この人物は小笠原流の中興の祖ともいわれ、彼の時代に小笠原流の原型は完成したと伝えられている。弓や馬術にも一派を成し、礼式や様々なことに幅広い教養と故実をもって、その後の武家社会に大きな影響を与えた。

 なかなか戦にも強かったらしく、甲斐の武田信玄による信濃侵攻の際も巧みな戦法で苦しめたという。それでも信玄の勢いには抗しきれず、長時は城を捨てて越後に逃れ、越後の太守、上杉謙信の食客となる。謙信のもとには同じように領地を追われた村上義清などの大名が数多く身を寄せていた。

 どのような理由かは定かでないが長時主従は謙信のもとを離れ、浪々の身となり会津に流れ着く。最初に流れ着いたところが、南会津・久方城主河原田氏のもとであった。その後、会津の太守・黒川城主芦名氏の食客となり、稲の台(現在の米台)に居を構えていたという。

 小笠原長時が様々な影響を与えた事は想像に難くない。しかしどういうわけか、いままで苦労を共にしてきた自分の家臣の屋敷で、家臣の手で惨殺される。色々な説があるが判然とはしない。家臣の手にかかると言う最後が良くなかったせいなのだろうか、後世会津藩ではあまり彼の事を触れたがらない節がある。その後の会津での小笠原流の足跡は定かでない。

 彼の子孫は幕末まで九州小倉の小笠原家として徳川幕府に臣従し、小笠原流が重く採用される事となるのではあるが、長時以後の会津に、礼式や故実を司る役目がどのような位置にいたのかは、あまりに資料がなく不明である。

 ようやく姿を見せるのは、元禄三年十月に徴用した藩士、坂本義郡の伝記によってである。伝記に「義郡,神道及び諸例故実を通じ、業を受ける者鮮ならず、(『会津藩教育考』)」とある。察するところ、彼は公務のかたわら求めに応じて礼式礼法を広く門人に教えていたらしい。二本松藩の侍の記録『相生集』にはそのことが登場する。近隣の諸藩からも門人が来ていたようだ。

 その後百年以上の歳月が流れ、藩校日新館で礼式方に小笠原流が採用される事となり、この科目を最初に担当したのが大沼俊直という人物である。

 『会津藩教育考』に「俊直余暇に故実を修め、今川、吉良、伊勢、小笠原、などの諸例に渉しをもって、天明八年三月礼式生役を命ぜられ、講所に出て弟子を教授せり、時に学事の再興に際し、その教授の順序はみな俊直の指定せし所、後世の準則たり」とある。

 俊直亡き後は河原政心と言う武士が引き継ぎ、その後の会津藩に大きな足跡を残すこととなる。

 会津のあちこちに残る小笠原流の教本や巻物の類を注意深く見ていると、長時は現代流にいえば、大変優れたプロデューサーであった事がわかる。礼式も九等級あったともいわれ、一般の藩士は三等までいくとそれ以上の習礼には及ばないのが常であった。礼式書や許状の類から推し量ると、全体に古事記伝説,陰陽五行、道教、仏教、など様々な考え方を組み合わせて人の道を説いているようだ。しかし巻物を見ただけではその言わんとすることを読み取ることは極めて困難である。これをどう読むかである。たわいも無いこじつけと見るのか、難解で深遠なる教えと見るかで答えはまるで異なる。

 私は最初他愛の無いこじつけの寄せ集めと見ていた。ところが最近、見方が変わってきた。この中には日本人が命の継承を連綿と引き継いでゆく情報の宝が隠されているのではないかと思えてならないのである。

 


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